管理者 2025.02.24
刺激し合い、はりきり合い

前号でお知らせしたように、1月28 日から2月23日まで、天理教校本科実践課程2年生の 「 教会実修 」ということで、6年ぶりに受け入れさせていただきました。(前号では5年ぶりと書いてましたが・・)
2年生が17期生ということで、1期生から12期生まで、毎年この時期に若い学生さんが教会に来られるので、共におつとめやにをいがけやひのきしん、また月次祭まわりと若い者に負けじと、はりきって通らせていただいてました。以前はそれなりに若かったので、同じくらいかそれ以上に、一緒に動いていたつもりです。
しかし一緒に動いていると、こちら も負けずに動かせてもらい、いい刺激となり、学生さん達にもいい刺激になったんではないかと思います。
学生さん達にもよく言ってましたが、良いも悪いも全て勉強。これが良いこれが悪いとただ判断するのではなく、それを見てその中で、自分はどうなんだと顧みるところに成ってきた意味があるんだと。
私たちの信仰は、人間をお創り下 された元の親を知っているという強み、その親の思いを知っているというありがたさ、その親のお働きを知 ってるという喜び、そしてどんな中でも教祖のひながたがあるという安心感 があるんです。
どんな人がいようと、どんな事があろ うと、それは「陽気ぐらし」をするのを見 て共に楽しみたいという親の思いがあっ てのこと。それを知っていればどんな事 でも喜べるんですね。いわば喜んだ方が いい。喜んでもらった方がいい。
せっかく生かされてる中で、それぞれが親である親神様に、私たちの姿を見て、どう思ってもらうか。どんな姿を映していけるのか。喜んでもらえてるか。共に 楽しんでもらえてるかと思うと、もっとこうした方がいいとか、もっとこうして みようと自ずと動き方生き方が変わってくるでしょう。
信仰者としてまわりの人と刺激し合う ことによって、切磋琢磨して、お互いに磨き磨かれて、輝くようぼくとなること でしょう。
そんなことを楽しみながら、与わった中で大いに陽気ぐらしの生き方を映していきましょう。