管理者 2026.01.24
教祖百四十年祭の年

新しい年を迎えました。昨年中は教会の上にお心寄せを賜り誠にありがとうございました。
皆様におかれましては、健やかな年明けを迎えられたことと存じます。
とりわけ今年は教祖百四十年祭の年。この月26日につとめられます。これまでの3年間、三年千日と仕切って年祭活動ということで、教祖にお喜び頂こうとお通りくださったことでしょう。
教祖の年祭は、私たち子どもである人間が、親の思いに近づく歩みとして成人を求め、望んでいく時なのだと教えていただいています。飾東大教会の活動も【日々是成人】として、成人を求めていこうということでした。
改めて成人の度合い・段階を考えたら、何でも知らないよりは知ってた方がいい。知ってるならば、しないよりはした方がいい。するならば喜んでした方がいい。喜んでするならば、喜んでもらうようにした方がいい。喜んでもらうことから伝えていった方がいいということ。
例えば、教えも知っている、分かっている人が、実行していない。実行していても、仕方なくしている。不足している。喜びがない。喜んでしていても喜んでいるだけで終わっている様では、成人と言えない。せっかく教えを知っているならば、親神様・教祖に喜んでもらうような生き方をさせてもらわなければ、もったいないとつくづく思う。おつとめもしてるだけとか、においがけも私は関係ないで終わっていないだろうか。
私ならばこうさせていただく。私でもこうさせていただいたらと、ちょっ先を楽しんでさせてもらうところに、成人という姿が見えてくるのだろうと。
私は年の初めにあたり、今年は毎日のおつとめを、いつも最高の形でさせていただこうと心掛けています。いつ、どこで、誰としても、親神様・教祖にお喜びいただくように意識してつとめる様にしています。においがけでも、一人でも多くの人に声をかけようと意識しています。意識をすれば、思いを持ってすれば自ずと形が変わってきます。やり甲斐があります。それが楽しくなれば、喜べるし、喜んでもらうようにと変わってきます。
教祖の年祭はゴールではなく、そこからまた一段とステップアップさせていただく節目であります。お互いに更なる成人を目指して、陽気ぐらしの上に、世界たすけの上に、日々喜びながら喜んでもらうように、楽しみながら楽しんでもらうように、成人を求めて通らせていただきましょう。
今年もどうぞよろしくお願いします。
楽しみと喜びの心で教祖年祭へ
『陽気』令和7年12月号(特集:私が通る三年千日)に掲載された、飾大分教会長の記事を転載します

竹川 東一郎
一九六九年生/大阪市・飾大分教会長。
陽気ぐらし講座講師、大阪教区布教部副部長、中央西支部長、町会長、保護司など。
「意気高く、勢いもっていきいきと、イキッて生きていきましょう」が信仰指針。
教祖年祭まで継続のスローガン

年祭活動二年目の昨年四月、自教会では三年間の普請期間を経て、神殿建築の落成奉告祭を執り行いました。併せて、大正十二年十二月二十一日に「宣教所」のお許しを戴いてから百年を迎えたので、「教会創立百周年記念祭」もつとめさせてもらいました。
そもそも神殿建築をすることになったのは、昭和三十五年に先代の会長時分に、教会敷地内の建物とは別に、貸事務所とその上にUR住宅が建つ方式での建物がありました。その借地期限が六十年で切れるに当たり、今後どうするかということから更地返還をしてもらうことになり、最終的に教会部分の建物も取り壊し、新たに土地の半分を期限付きで貸すという方法で、神殿建築をするという運びになりました。
そこまでに行く過程も、初代会長の祖父が出直して二代会長となった祖母が、戦後の復興で苦心して、信者さん方と力を合わせて、この大阪の中心地本町に土地を購入したお陰。三代会長が、教祖百年祭を前に海外布教に踏み出し、後に道を付けたミャンマーに道が伸びたお陰で、現地の信者さんを通して、ご縁のあった設計事務所の社長と、親の関係からご縁のあったコンサルティングの社長を紹介してくださったお陰です。
教会普請中の仮移転でも、母が幼なじみの信者さんを丹精してくれていたので、空き家を貸してくださったお陰。部内教会・ようぼく・信者さん方が、教会に真実をもって心を繋いでくださったお陰など、本当に親神様・教祖のお陰と共に先人先輩、親々が真実をもって伏込んで通ってくれたお陰、理作りしてくれたお陰、徳積みをしてくれたお陰と、お陰の積み重ねでただただ有難い限りです。
そこで、教会の普請と創立百周年を迎えるにあたり、ただ有難い、良かったと言って迎えるだけではもったいない、申し訳ないと思い、今の私たちが、親神様・教祖はもとより、先人先輩方にこれまでと日々のご恩を感じるならば、喜んでいただくご恩返しを心掛けていこうと、奉告祭・記念祭に向かって、「ご恩報じと理作りに励もう!」~親神様・教祖にお喜びいただくように、いきいきと陽気ぐらしの実践を~との目標・スローガンを掲げました。
実際、この神殿普請も具体的な計画性がないところから始まったわけですが、親神様・教祖に凭れてお働きいただく以外にないとのことで、お願いだけではお働きくださらないから日々の理を心がけ、上級教会に日々のお供えをし、時間を見つけては十二下りのおつとめ、においがけ・ひのきしんも積極的に喜んで通る中に、先述の設計士やコンサルティングの社長とのご縁ができたと思っています。いわゆる「成ってくるのが天の理」ならば、ただ待っているだけではなく、成ってくるだけの理作りが大切だと実感させてもらいました。
そんなことで、新築した教会で落成奉告祭・創立百周年記念祭を結構につとめさせてもらいましたが、掲げたスローガンはこの日で終わるのではなく、そのままの勢いや思いを教祖百四十年祭まで継続していこうと、今なおご恩報じと理作りに励んでおります。
勇みと喜びの「一〇〇〇日神名流し」
そして、大阪教区布教部では、『諭達第四号』がご発布された次の日の十月二十七日から、教祖の末女こかん様が嘉永六年に初めて対外的に神名を流されたといわれる大阪難波で、年祭のその日を迎えるまで、毎日神名を流そうと「一〇〇〇日神名流し」が始まりました。これは大阪教区管内三十二支部や布教部委員が、それぞれ希望日時を決め、毎日誰かが神名を流すということで、本年十月三十日で一一〇〇日目を迎えますが、これまで欠かすことなく継続しています。少ない時で一人、多い時で三十人を超える方が集まって共に神名を流しています。
自教会の神殿普請中も、仮の教会場所から難波まで自転車で十分ほど。今の教会からも十五分ほどで行けるので、私もさることながら、教会の住込みさん方が積極的に参加してくれています。勇んでいるから行ってにおいがけをするのではなく、行かせてもらうからまた勇んで喜んで帰ってきます。
難波で路傍講演やリーフレット配りをする中で、いろいろな方とも繋がりや出会いがあります。中には「私はようぼくだけど、今まで路傍講演やリーフレット配り、においがけなど私には無理と思ってしなかった、できなかった」と言っていた方が、「ここに来れば一緒に活動させてもらえる。人に声を掛け、リーフレットを受け取ってもらえる。恥ずかしながらも、初めて人前で神様のことを伝えることができた」と、参加して喜んでいる方も多数おられました。またそこで話をして、後日教会に来られたり、おぢばへ帰ってくださったり、別席、修養科に行かれた方もおられます。こうした活動ができる場があることによって、ようぼくとしてそれぞれが少しでも親神様教・祖にお喜びいただく成人をしていただけたことと思います。
私も路傍講演で道行く多くの方々に教えを話しましたが、大阪難波は万博もあり、日本人のみならず多くの外国人も来られます。日本語で話をしても解らないと思い、できる限り身振り手振りで、大きな声で、笑顔で目を合わせ、興味や印象が残るように意識しながら話をしています。これも、一人が前に立って話をするオーソドックスのやり方だけではなく、その人の周りの方が合いの手や質問をしたりというやり方、道行く人に敢えて質問したり語り掛けるやり方、布教師同士が掛け合って教えを説くやり方など形はいろいろですが、やり方や伝え方を変えることで、広く教えを知ってもらうきっかけになればと、楽しみながらしています。
意識して、「日々是成人」の道を

さらに路傍講演だけでなく、リーフレット配りでも意識して声を掛けています。日本人には「おはようございます。今日も喜んで、楽しんでお過ごしくださいね」と。外国人には「グッドモーニン、ハブアナイスデイ」と笑顔で声を掛けると、「サンキュー、ユーツー」と答えてくれるので、こちらも「サンキュー」と互いに笑顔で「ありがとう」と言い合えます。相手に気持ち良くなってもらい、興味を持ってもらえたなら、手渡すリーフレットも笑顔で快く受け取ってくれます。道行くある方が、「先日ここを通った時、『このチラシを読んで、今日も素敵な一日をお過ごしくださいね』と言われ、その日一日素敵に通ることができた」と報告してくださいました。教えを伝えるだけではなく、一言の挨拶や声掛けが非常に大切です。においがけで大切なのは、言葉もさることながらその人の雰囲気や姿なのだと思いました。
自教会で心掛けていることは、多くの人に声を掛けること。とりわけ目標十万人と決め、カウンターを片手にひっきりなしに声を掛け、数が増えることがモチベーションにもなり、やりがいや楽しさになっています。楽しそうに喜んでしている姿が、親神様・教祖にも喜んでいただくご恩報じや理作りに繋がっていると思っています。
飾東大教会では、年祭への活動方針として、「日々是成人」として、それぞれが、日々教祖にお喜びいただけるように、誠の心で成人させていただこう!と打ち出しています。

年祭活動期間中には、信者さんや部内教会にも、出直しや身上、事情といった「ふし」もありました。しかし、「成ってくる姿はすべて人々を成人へとお導き下さる親神様のお計らいである」との親心にお応えするには、一年目から二年目、三年目と、昨年から今年、昨日から今日と、自らが親神様・教祖にお喜びいただこうと求めて通らなければ成人にはなりません。だからこそ、「ああ、今日も有難かった」と意識して喜びの日々を通らせていただき、これからも、親神様教・祖へのご恩報じを怠ることなく、喜んで楽しんで歩んでいけば、それが理作りとなって成人へと繋がっていきます。このように、楽しみと喜びの心で教祖年祭を迎えさせてもらいたいと思います。
年祭に向かって

飾大豊原教會長
増﨑友忠
みなさーんニーハオ!こんにちわー台湾の台中市豊原区にあります飾大豊原教会の会長をしてます増崎友忠です。よろしくお願いします。
まず先だって心身共にシャキ~とする出来事がありました。それは、去年の12月になんと、妻教子のお父さんである西河内分教会前会長さんとお母さんと親戚のおばさんが台湾に来られました。前にも台湾には何度も来ていただいたのですが、今回は大教会巡教の先生として初めて月次祭に参拝していただきました。実は先生とは25年前、私が19歳の時に修養科に入った時の1ヶ月目の私の教養掛の先生でした。当時1ヶ月間ロン毛頭で茶髪の私を優しくご指導いただいた先生でもあります。ですから前会長さんの運転で、大教会の月次祭や詰所でしょっちゅう先生にお会いしてあいさつしてましたので、まったく距離感はありません。おそらく先生はまさかあいつがうちの娘と一緒になるとは!と思っていなかったでしょう。私は教養掛の先生の娘と一緒になれるかもと思った時は、なんかウキウキワクワクでした。妻が私と一緒になってくれた一番の決め手はお父さんが教養掛の時の生徒で、すでに顔見知りであったからと言ってました。
話を戻して、先生は今年の3月で巡教員を引退と言ってましたからナイスタイミングでお越しいただき、当日月次祭も大勢の人にも来ていただき、賑やかに勤めさせていただきました。とてもうれしい出来事でした。
まず飾大豊原教會と私の関係を簡単に紹介したいと思います。飾大分教会三代会長竹川俊治前会長先生は、私が生まれた昭和55年10月の1ヶ月後の、11月12日夜中の2時35分、9日目のお願い勤めで異国の地でおさづけをしてる夢を見て、これが教祖百年祭三年千日の御用だと親神様の思召しと悟り、言葉もわからない、また右も左もわからない海外に、開拓に行かれた飾大の台湾布教の道が、今で45年になります。後に繋いでいく人材の丹精をと、前会長さんと会長さんにお育ていただき、私は20才の時初めて久楽の会長さんと共に台湾に行きました。そして28歳の時に飾大豊原教會の青年づとめとしての御命をいただき、行くようになりました。そして30才になってから原因不明の病にかかり、苦しみもがく日々が増えてきました。その間2代会長の御用を頂戴して8年経ちました。そしてコロナが始まり、翌年の2021年2月1日41歳の時、ついに得たいの知れない病気の正体がわかり、球脊髄性筋萎縮症(ケネディ病)と診断がつきました。すぐに会長さんに連絡しました。診断の結果ケネディ病でした。そして会長さんに言いました。これからはこのケネディ病をケネちゃんと呼び、ケネちゃんという船にって一緒に仲良くゆっくり通っていきます。と報告させていただきました。そしてその月の13日の飾磨分教会の月次祭の神殿講話にご指名いただいた会長さんは、講話の中で私が報告した話しを喜んでいただき、涙ながらに皆さんに話しておられたことは忘れられません。三代四代と二代にわたりおたすけしていただき、丹精していただき今日の自分があるということを決して忘れてはならないと思った衝撃的な出来事でした。
会長さんから今回の年祭活動をテーマに文を書いてちょうだいと言われましたので、みなさーんにお伝えしたいと思います。
まず、去年の10月秋季大祭の時に真柱様が仰いました「充実感と喜びを持って年祭を迎えよう」とのお言葉通りに年祭活動勤めさせていただきました。それは百四十年祭三年千日活動が始まる前の御本部の月次祭神殿講話でお聞かせいただいたお言葉でした。その先生はこう仰いました。
「年祭活動を実動する中でおろそかにしてはならないことがあります。それは、親に繋がるということであります。別席では、親を慕い、親の元へ運ぶ子供の真実が、常に隔てなく子供の上を思って、その帰りをお待ちくださっている親の心に通うところ、あらゆるご守護をお見せいただく源があるのだということを諭すのであります。
子供の成人を常にお待ちくださる親の心と、その親を慕い、親を訪ねて帰ってくる子供の心、親の心と子供の心が一つに結ばれ合うところに、自由のご守護をお見せいただく源があるのであります。親里へ帰り、身も心も尽くし運び、親の膝元で、親から直接息をかけていただき、魂に印を打っていただいて、また土地ところで動き回る力を与えていただくのであります。」
全てはこのお言葉を聞いていたからこそ、年祭活動三年千日を瞬時に反応できたと思います。今後の年祭活動を通る上での心構えをお聞かせいただきました。そして私も飾東大教会に繋がる理の子として大教会から年祭活動方針【日々是成人】と、上級飾大分教会【御恩報じと理づくりに励もういきいきと陽気ぐらしの実践を】の掛け声に私も朝夕のお勤めで神様にお誓いして日々を過ごしていました。まず自分に言い聞かせること、意識することから始めました。
先ほどの御本部の先生のお話しにありましたように、親の心に通わせていただくことを実践していくことが大切じゃないかと思いました。それを心においての私の教祖百四十年祭三年千日年祭活動を振り返りたいと思います。

一年目の心定めは、大教会の瓦の御用に関わらせていただくこと。お打ち出しがあったその日飾磨の会長さんが瓦吹き替えの特攻隊長(責任者)として大教会でみなさまの前でお願いしていたのを覚えております。飾磨の会長さんの話を聞いて燃え上がりました。よし!私もこの大切な御用に関わらせていただきたいと、神様に朝夕のおつとめでお願いしていました。
瓦・お供え・瓦・お供えと心の中に念じながらお勤めしていました。そして知ってる人すべてにまた信仰していない関係のない方にもお伝えしておねがいしました。大教会の新しい瓦の枚数が全部で2万7000枚必要です。そして結果その中の1140枚の瓦をお供えさせていただいたことでした。年祭活動一年目は大教会の瓦の御用で10月21日瓦吹き替え奉告祭で、大教会に帰らせていただき真実を運んで下さった方のお名前を思いながら飾大豊原も御用に関わられたことをお礼しながら参拝しました。そしてその晩は大教会に泊まりました。翌朝大教会の秋季大祭の日の朝勤め後に、ありがたいことに大教会の前会長さんから声をかけていただきました。大教会の前会長さんは「増崎、よう帰って来たな!お前はんの病気のことは聞いちょる。おさづけさせてもらうわな。神殿に来い」と言って下さりました。そしておさづけしていただく前におさとししていただきました。「お前はんな、これからはな親神様に対して1日1日朝に今日も1日神様の御用の上に使うていただきます様よろしくお願いしますと言うてお願いさせてもらいや、そして晩にはな、親神様に今日も1日神様の御用の上に使うていただきありがとうございました。とお礼させてもらいや。わしもな病気を頂戴してからそうしとるんやわ。」と仰っておさづけをしていただきました。ありがたいお言葉を聞かせていただき嬉しかったです。そして大教会の前会長さんからおさづけしていただいてる時に「あぁ教祖!ありがとうございます」と、お礼を言いました。それは以前原因不明で苦しみもがいていた時に、夢で大教会の前会長さんが出てきて、おさづけをしていただいていました。まさに正夢になりました。
年祭活動2年目の心定めは、上級飾大分教会の神殿落成奉告祭で豊原の信者さんと一緒に帰ることでした。台湾の信者さんと一緒に参拝できてよかったです。人間業ではとても成し得ることのできない神殿ふしんでした。まさに教祖のお逸話にある、「思ったことが思った通りになる。言ったことが言った通りになる」とのお言葉通りに、まさに究極(だめ)の教えとはこのことを言うんだ。と感じされられた神殿落成奉告祭でした。会長さん、まゆみ奥さん、由久代奥さんすごいです。そして今後も人作りと丹精の上に、理作りに御恩報じのにをいがけ、おたすけにしっかり勤めさせていただきます。と親神様にお誓いしました。
そして3年目は、自身の病気の事を考えての心定めをしました。教祖の手にしっかりしがみついていく信仰を展開していくことです。すなわち教えをもっと求めていく態度が今の私にはもっと必要だと思ったのです。
具体的に2つの項目を決めました。1つ目は去年の真柱様の誕生日1月16日から今月の1月26日教祖百四十年祭の2時のサイレンまで、一滴のお酒を飲まない。 2つ目は朝づとめ前の神殿掃除から勤めること。この2つの項目を心定めしました。もちろん朝の日課も変わらずに引き続き勤めさせていただいています。 ちょっと皆様に朝の日課について説明したいと思います。これは私が台湾に来てからもずっと続けている大事な日課である朝の12下りです。この朝の12下りは当時飾大分教会で青年勤めの時代から皆さんとしていました。台湾に行くようになっても、この12下りは引き続きしています。しているとなんか安心感があります。不思議です。だから今でも続けています。これが上級飾大分教会で培った一番の宝物であり、最高の武器です。
そして会長になってからさらに2つ加えて、毎日上級参拝、座りづとめと、元の理拝読をさせていただくようになりました。きっかけとなったのがこの教祖のお言葉と自身の病気からでした。会長お許しのお運び前の御本部での会長任命講習会を受講した時、当時教会本部布教部長の芦津の大教会長さん井筒先生がこう仰いました。

「元という、ちばというは世界もひとつとないもの思えば思うほど深き理」(明治28年10月11日の)お言葉です。私はこれから台湾の教会の会長になります。上級飾大分教会に毎日日参することはできません。不可能です。だけどこのお言葉を聞いて安心しました。座りづとめをして飾大を想う。飾磨分教会を想う。そして飾東大教会を想う。それがおぢばに繋がって深き理を頂戴することができる。非常にありがたいお言葉です。そして旬が来た、時が満ちたと思えばさぁおぢばに帰ること。さぁ上級飾大分教会に帰ること。これが一番親神様が喜んでいただけることだと、そして御守護を戴ける近道であることがわかりました。大教会の瓦の御用と上級の御用も意識して勤めさせていただけたのも、ケネちゃんのおかげです。真柱様の仰った充実感と喜びを持って、年祭活動を勤めさせていただくことができました。
ケネちゃんのことで少し神様の想いがわかったことをお話ししたいと思います。
私たちが本来の道からそれかけた時、親神様は身上や事情といった節を見せてお導きくださいます。時には優しく、また時には厳しく、子である私たち人間をお仕込みくださいます。
節というご守護親(心は)、個人個人に対して、親神様から問答無用でいただくものです。ですから、本人の意思で逃げることができません。たとえ親子であっても、兄弟でも、夫婦の仲でも、代わってやることはできません。必ず、その人が通らねばならないのです。それだけに決心が定まりやすいと思います。普段できない心定めができて、結果としてご守護をいただいたということになるのだと思います。節をお見せいただく私たちにとっては、その時点では決して嬉しいことではありません。ありがたいと思えるのは、後から結果として親の真意がわかった時であって、節を通る道中で喜ぶことができるのは、よほど成人できた人だと思います。しかし、親神様の目から見れば可愛い子供です。静かに胸に手を当てて思案した時には、何か親心を悟り、我が身を反省することができる。これがお道を通る人の基本的な物の考え方だと思います。これを承知していれば、どんな節の中でも親神様の親心、喜びを見いだすことができるです。
天理教教典に、「親神様は時に応じ事に当って、種々様々と手入れをされる。これをしっかり心に治めさえすれば、身上の障りも事情のもつれも、ただ道の花として喜びの中に受け取れる。」(第九章「ようぼく」)とあります。そして新たに本年から一つこの言葉も加えて日々を過ごしていきたいと思います。
会長さんと親父と共通点が一つあります。。。プロレスが大好きです。アントニオ猪木さんが大好きです。私は大嫌いです。なぜなら昔親父に卍固め・コブラツイスト・アキレス腱固めと技をかけられたりで実験台にされてもうさんざんな目に遭わされたからです。けどこのアントニオ猪木さんの名言は今の私にぴったりですから紹介します。
ばかになれ とことんばかになれ
恥をかけ とことん恥をかけ
かいてかいて恥かいて裸になったら
見えてくる 本当の自分が見えてくる本当の自分も笑ってた
それぐらいばかになれ

この精神で次なる塚、まさしく教祖百五十年祭、そしてその翌年の立教二百年記念祭の大行事を見据えて、休憩期間のこの7年間をゆっくりとコツコツと理作りに御恩報じを積み重ねていき、次の三年千日年祭活動に繋いでいきたいと思います。
この2つを心掛けて実践していくことが、ケネちゃんにとって最高の薬になると信じています。そしてこれからも教祖の手にしっかりしがみついてつとめていきます。会長さん、まゆみ奥さん、由久代奥さん、皆さんこれからもどうかよろしくおねがいします。