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飾大だよりNo.371

管理者 2024.06.24

大恩を忘れずに

大恩を忘れずに

今の世の中、相手のために言った言葉やしてあげたことが、コンプライアンスや○ ○ ハラスメントに当たることが少なくないと言われます。

人に何かをしてもらった。何かをもらったと人の恩、いわゆる小恩を感じない人も多くいると言われています。

この天理教を信仰する私たちは、親神様の「人間の陽気ぐらしをする姿を見て共に楽しみたい」との思いを受けて、身体をはじめ天然自然のお働きを教えていただいています。どんな人でもどんな状態・環境でも、思いを受けて生かされているという大きな恩があってのこと。

『おさしづ』に・・・大恩忘れて小恩送るような事ではならんで。・・・・(明治34・2・4)とありますように、このお言葉は、物・人等への小恩のみならず、神様への大恩を忘れてはいけない、と解されていますが、それに留まらず、神への大恩にも大、小の恩があり、不思議だすけに浴した小恩にのみとらわれて、たすけられる(た)こと以上に、大きな生かされている大恩を忘れてはいけないことを意味していると思われます。

ともすると「ふしぎだすけ」を切っ掛け・お手引きとして入信した時、それを元一日の大恩とみなし、その

報恩の道を通ることが信仰のように思います。がしかし、この元一日の大恩とは、たすけられたという過去の事実であるのみならず、たすけられたことを通して、この生かされている大恩に目覚め、その御恩を通して、喜んでいただくためにとして報じていくことが、大切であると考えられます。

つまり親神は、「ふしぎだすけ」によって導き教え、「このもとをくわしくきいたことならば、いかなものでもみなこいしなる」と、「ふしぎだすけ」を通して、それ以上に大きな生かされている大恩に目覚めさせ、自ら進んで、親に喜んでいただく報恩の道を、陽気ぐらしの道として通るようになってくれることを、親神の願いである「心の成人」「だんくとこどものしゆせまちかねる神のをもわくこればかりなり」(四65)として、待ち望んでいると思います。

恩とは生かされている大恩を基本として考えられねばならないということになるが、たすけられた恩として親、人や物等の恩が小恩として、生かされている大恩の契機として「御恩報じ」が生きたものになるように、その親の思いにお応えしていきたいと思います。

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